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2015-05-05(Tue)

GWに思うこと

ブログ、ご無沙汰していました。
何かと外出も多く、ゆっくりパソコン向かう暇もなく、というのは言い訳ですね。
時間はあるとかないとかじゃなく、時間は作るものだから、が持論。

GWといえば 林家には毎年たくさんの泊り客が来ていました。
イベント好きの主人と私。
都内から 学生時代の友人や職場の友人、その家族、友達の友達をお招きし、時には初対面の方が宿泊されることもありました。
お決まりのバーベキュー、温泉、宴会と、楽しい時間を共有したものでした。
ですから GWといえば フォレストはお休み、と思っているお客様も多いのですが、ここ2、3年は元気に営業しております。
というのは、主催者不在となったからで、主催者の主人が池袋に居酒屋を開業し、おもてなしの気持ちは仕事の場で発揮することになりました。
考えてみると、あのころから主人は 手料理を振舞い、おもてなしすることを喜びとしていました。
あのころのバーベキューのお客様は 現在、居酒屋『三太郎』のお客様でいらっしゃいます。

あのころ川で遊んでいた 3人の息子たちも大きくなりました。
就職活動中の長男、美大生一人暮らしの二男、高3高校球児の三男。
そうそう、久しぶりにGWのお泊り客が!!
高校球児5人が我が家にいらっしゃいました。
夏の最後の大会に向けてともに汗を流す かけがえのない仲間たち。
私としても わが子のようにかわいい存在で、おもてなしにも力が入りました。

夕飯の焼肉は 期待通りの食欲!
大量の肉と1升近いご飯をたいらげました。
礼儀正しさは さすが部活で養ってきた財産。
楽しそうにすごす彼らを見て 幸せな気持ちになりました。元気をもらいました。

彼らは元気に川遊びへ、私は元気にフォレストへ。

時が経ち GWの楽しみ方も変わりました。
でも 飯能の新緑と川の美しさは変わりません。
また遊びに来たい!!と思ってくれれば幸いです。

とつれづれ書いていられることが、平和で幸せなんかもしれませんね。



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2014-03-15(Sat)

おめでとう

小さい頃から 二男は暇さえあれば絵を描いていた。
絵が好きだったし、面白い絵を描いた。
「しんちゃんは絵が上手だから」「しんちゃんには絵があるから」といわれ続けてきた。
そして「この才能を伸ばしてあげてね、お母さん」といわれるたびに、それってどうすりゃいいの??と私は首をかしげた。

成長とともに描く絵が変わってきた。
かわいい少女マンガのような絵を描いていたかと思ったら、地獄絵図のような細かい緻密な情景を描く事もあった。
空想の世界、その発想の意外性に親も度肝を抜かれた。

高校3年生、進路を決める時期となった。
漠然としていたが 絵を描くことや それに関係した仕事をしたいという希望だった。
そこから 彼の受験勉強が始まった。
といっても 勉強の苦手な挙句、普通は2.3年かかって挑む受験勉強を、半年でこなさなければならない。
毎日近くのアトリエに通い デッサンを描き続けた。
家に帰ると ボーっとして 漫画を読んだりテレビを眺めたりしていた。
自分の脳を チューニングしているみたいだった。
国語、英語の二教科は頭から消えていた。

受験日は まさかの大雪だった。
駅までの交通手段が車しかないところに住んでいる不便さを痛感した。
行かないわけにはいかない、遅れるわけにはいかない。
そんな思いで、私は死に物狂いで雪道を運転した。
スタックして動かなくなる。
焦るが、進むしかないので二男に後ろから車を押させて脱出した。
よく駅まで辿りつたと自分でも思う。

動いている電車を携帯で検索しながら、乗り継ぎを繰り返し、何とか横浜線の橋本に着いた。
結局私も最寄り駅まで行ったわけで 二人ともくたくただった。
「ここまでついてきてくれてありがとう」の二男の一言に救われた。

その日受けた試験に合格したのは 奇跡が奇跡を呼んだのかも。
今思えば笑い話。
二男は 浮かれている。
大学への期待と喜びとでいい顔をしている。
おめでとう、しんちゃん。本当によかったね。
2013-07-22(Mon)

高3の夏

今高3の二男は、小学校3年のとき野球を始めた。
特に野球に興味があった訳ではない。
一足先に少年野球を始めた兄の付き添いで出入りするうちに、なんとなく入部した。
それなりに上手になり活躍もしていた。

中学生になり またなんとなく野球部に入部した。他にこれといってやりたいこともなかったらしい。
普通に練習に参加し、まあまあ活躍していた。
少年野球でセカンドだったのが、中学ではサードを任されていた。

仲間がみんな仲がよかったから、まあまあがんばり楽しい野球をしている感じだった。

私は野球の応援に行くのが好きだった。
子どもががんばっているのを見ると パワーをもらえる。
三人の息子が野球をやっていたから 3人にできる限りのサポートをした。
車だし 弁当つくり、ユニフォーム洗い、試合では声を張り上げて応援した。

高校生になり、二男はまた野球部に入部した。
顧問の先生の誘いを断りきれず体験練習に行ったところ、気のいい先輩たちにかわいがられ、そのまま入部した形になった。

チームは決して強くはなかった。
人数も少なく 練習もゆるかった。先輩たちの数人が、タバコをすっているのを見つかり停学処分になっていた。
まるでTVではやった ”ルーキーズ”のようなチームだった。
それでも ふらふらしているより何か運動をしていたほうがいい 位の気持ちで私はみていた。

そんな二男の周辺が高2の秋から変化した。
新監督が就任し、部長が変わり、新体制になった。練習メニューがガラッと変わり、超厳しくなった。
厳しい反面、指導者の方々は 手取り足取り 丁寧に指導してくれた。
そのおかげで 練習試合でしばしば勝つことができた。

二男はまさかのキャッチャーを任せられた。怒鳴られながら 練習に練習を重ねた。
生まれてはじめての しかも要の司令塔。
取れなかったボールが だんだん取れるようになり、10回怒鳴っていた部長先生も1回ほめてくれた。
なかなか声が出なかったのが 各ポジションに声をかけ 盛り上げて行った。

二男が徐々に変わって行くのがわかった。
今まで何となくやっていた野球だったが、野球がしたくて仕方がない というエネルギーが満ち溢れていた。
期待されたことの喜び、 辛い練習に耐えた自信、 いろんな要素が集まり、キャッチャーらしくなって行った。

夏の最後の大会は 七年ぶりに初戦を突破を目標にしていた。
勝利が決まった瞬間 バッテリーが抱き合い うれし涙を流しているのを見て 親たちももらい泣きした。
選手のがんばりと 指導者の方々の力量と 保護者のサポートが ついに結果となった。

次の試合は強豪チーム相手にコールド負けだった。
彼の10年間の野球生活が終わった。

試合後彼が グシャグシャになってないているのを見て 私は意外だった。
今まで負けても 感情を出したことがない彼があんなに泣くなんて、負けて悔しかったのか、これで引退なのかという寂しさなのか。

すると 彼が涙を拭きながら 真っ黒の顔で私のところにやってきて、「今までありがとうございました」
といって頭を下げた。涙声だったのでよくわからなかったが おそらくそんな内容だったと思う。
私は感動して抱きしめたかったが あまりにもでかくなっていて届かず 肩をたたいてやるのがやっとだった。
「何、泣いてんだよ!! がんばったね!! 」

調子に乗って 腕を組んで記念写真を撮った。
二男は 泣きべそ、私は満面の笑みだった。
二人で写真を撮るなんて何年ぶりだろう?
高3の夏が終わる いい記念品ができた。


2013-05-14(Tue)

キューブ

長年愛用していた車 キューブとお別れすることになった。
お店を始めてまもなく 初めて自分の稼ぎで購入した記念の車だった。

車での移動が多い私は、かなりキューブにお世話になった。
車内で寝食することも頻繁で、泥だらけの息子たちを毎日運んだり、高速でいろんな所に連れて行ってもらった。
父がなくなった直後は キューブの中で一人でよく泣いた。
あちこちぶつけて修理したり、バンパーを引きずりながら走ってみんなに驚かれたこともあった。

このキューブはどんなおんぼろになっても壊れるまで乗り続けようと決めていた。
でもついにお別れすることになった。私がそうしたのだが。

ある日の仕事の帰り道、いつもより疲労を感じ 私は不覚にも寝てしまった。
目が覚めたのはガードレールにぶつかる瞬間で、直後に大きな白い風船みたいなものが私の体の前にあった。
エアバックというものを初めて経験してしまった。

キューブは無残にもグシャグシャだった。
あの車を見たら ドライバーは即死か重症と誰もが思っただろう。
私が無傷で生きていたのは奇跡だったと思う。
天国にいる父が守ってくれたのだと思った。
いや キューブが私の身代わりになってくれたのかも。

近所の方や通りすがりの方に大変お世話になった。
迎えに来てくれた長男が頼もしく 救われた。
情けない出来事だったが やはりいろんな意味がある。

普段無理をしすぎる自分への警告。
生かされたことに感謝した。

気を取り直し 懲りずにつぎの車を探している。
やっぱりキューブかな。








2012-12-29(Sat)

春夏秋冬

今年を振り返る

父が他界して悲しんでいるひまもなく、長男の大学受験本番に入る。
おじいちゃんにいい報告ができるようがんばって迎えた春。
卒業入学とあわただしい春だった。

と同時に充電期間を終え、主人が事業の準備にとりかかる。
居酒屋『三太郎』が誕生する・
家族は不安を抱えながらも応援するのみ。
いろんな葛藤の中、主人に振り回された気がする、夏。
二男の高校野球の手伝いや応援に積極的に出かけ、大声をだしてストレスを解消した。

いよいよ秋。
三太郎がOPENした。
手伝いに行きたい気持ちはあったが、自分自身の忙しい生活をこなすのが精一杯だった。
応援してくれた友人知人ののおかげで 三太郎は順調に成長していく。
私は 自分の息子たち三太郎のために動き回った。

秋の三大イベントは 三太郎OPEN、私のマカオ旅行、そしてフォレストの10周年感謝フェアだった。
10周年を迎え、私はいいようのない緊張感を感じた。
10年の感謝の気持ちを、一人でも多くのお客様と友人に伝えたいと思った。
20年を目標にまたスタート地点にたった。

9月から11月の3ヶ月は、たくさんの感動がぎゅっと詰まった3ヶ月だった。

そして寒い冬となった。
三男の高校受験の準備がはじまった。
12月。父の一周忌を終えた。
そして同じく12月 結婚記念日を無事迎えることができた。

思えば2年前の結婚記念日の食事の席で 会社を辞めてもいいかと主人に聞かれた。
そして今年の結婚記念日の席では 主人と三太郎の話題で盛り上がる。


さっき友人のご主人がひょっこりお店に現れた。
いつも迷惑ばかりかけているからと、奥様に洋服をプレゼントしたいと選びにいらしたのだ。
素敵なご夫婦。

一年の終わりって 大事な人に感謝を伝えたくなるのかもしれない。

1年間本当にありがとうございました。





プロフィール

リサイクルルームフォレスト

Author:リサイクルルームフォレスト
リサイクルルーム フォレスト オーナーの林です。リサイクルショップを経営しています。明るく清潔な店内、お洒落で高品質な品揃えがモットーです。

HPから通販も行っています。是非ご覧下さい。

 http://www.roomforest.com/

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