2009-11-21(Sat)

祝 7周年

11月20日でお店は7周年を迎えた。
今 7周年フェア開催中。

息子に 普通 5周年とか10周年とかきりのいいところでやるんじゃないの?といわれたが そんなの関係ない。
誕生日は祝った方がいい。

フォレストでは お客様のお誕生日月に 10%OFFのおはがきをお出ししている。
お客様は はがきをレジで出しながら もうめでたくないけどね^と言って照れ笑いするが、私はそんな事ないですよ!!といってお祝いの言葉を言う。
だって 1年元気でいられたことに感謝し、自分を産んで育ててくれた両親に感謝する節目なのだから。
お店も同じこと。

フェア中は なつかしいお客様がいらっしゃる。
お互い元気でいたことで 話が盛り上がる。
また広告を見ていらした新しいお客様との出会いもある。
この期間 私はパワーが出るのを感じる。
7年前にくらべ、疲れやすく家に帰るとかなりくたくただが、
私自身のパワーは変らない。
お店での一挙一動 神経を使う。

7年前店舗を借りる際大家さんと交渉した。
そのとき言い出せない私の替わりに主人が価格交渉をしてくれた。
「お店は1年や2年ではなく、10年はやりたいと思っています。そのためにも固定経費は少しでも」安いほうがいいんです。がんばりますから!!」と。
大家さんは にこっと笑って 「その心意気に :::円おまけしましょう!!」と値下げに応じてくれた。

もう少しでその10年に届く。

今日も大家さんは 休憩にでもどうぞと みかんを差し入れしてくれた。
笑顔が7年前と変わらない。

2009-10-08(Thu)

ディズニーランドに行きました。

何年ぶりだろうか?
ディズニーランドに招待され 遊びに行く事になった。
集合七時。
開門と同時に入ろうという意気込み満々。
朝一のお目当てのショーの整理券もゲットした。

飯能発朝5時5分。
4時に目覚ましをかけ 寝ぼけたまま身支度をした。
道中は殆ど睡眠。
しかし 舞浜を降りたとたん 目が覚めた。

駅前は中高生でにぎわっている。
まだ7時だというのに テンション高い若者の話し声が聞こえる。
ひるむどころか 私はうきうきしてきた。

メンバーは45歳女性、42歳女性、30歳おかまの 三名
30歳のおかまちゃんのエスコートで ファストパスを2枚取り、まずはスペースマウンテンに挑戦した。

私は絶叫系は苦手で 殆ど乗ったことがなく、不安でいっぱいだったがみえもあって平然を装った。
乗ってからは、おなかの底からきゃあきゃあ叫んだ。
こんなに叫んだのは久しぶりだ。
ストレス発散そのもの、怖くない、最高!!
隣の42歳は恐怖で無言になっていた。
前の30歳おかまは きゃあと叫んでいたのか は知らない。

ホールテッドマンション、カリブの海賊、プーさんのアトラクションを楽しんだ。

ショーを見ては、ミッキーやミニーちゃんに手を振り、ドナルドを激写した。
はたから見たら 変な3人組だ.

でもすごくすごく 楽しかった!!
もしかして学生のとき行ったのより楽しかったかも。

子連れの時は楽しいが大変だった。
自分が楽しむよりも 子供が喜ぶ事が優先だった。
45歳でもディズニーランドではしゃいでもいいのだ。
ビックサンダーマウンテンの ファストパスを持っていたが、3人とやや疲れ気味、睡魔もあり、解散する事にした。

お土産を買い、まだ買い物をしている42歳を待ちながら パレードを見ていた。
ストーリーがある。
同じミッキーなのに衣装によって ミッキーが可愛くなったり ワイルドになったりした。
たくさんの若者が一生懸命踊っていた。
彼らは 夢や目標を持って 日々練習しているのだろう。

ディズニーランドは夢がかなう場所だと 誰かが言っていた。
45歳の私でもそう思えた。
ゲートを出たとき 体は疲れていたが 気持ちが数倍元気になっていた。

帰り道 お土産をよろこんでくれるかなあ と友人や家族の顔を思い浮かべながら 電車に揺られていた。
明日から頑張ろうと思った。


2009-10-02(Fri)

一周忌 そして お見舞い

今年の2月、そろそろ義父の一周忌だねと相談し日にちも決まっていたころ、義母が交通事故にあった。
そのため一周忌が延期されたままになっていた。
義父は怒っていた事だろう。
何事も計画通り きちんきちんとやらなければ気の済まない義父だったから。

約7カ月おくれだが、一周忌を終えることが出来た。
こじんまりと内輪だけ、主人と、義姉、私。そしてたまたまインフルエンザで学級閉鎖になっていた姪っ子がきてくれた。

義父の好きだったグレープフルーツをお供えした。
義父のお気に入りのいちろくタルトが売り切れだったの と義姉は残念そうに言っていた。
でもそのあと 代わりに 鳩サブレを買ってきたの お父さん好きだったから 鳩サブレおいしいよねえと にこっとした。

墓前で4人は手を合わせた。
私は 家族が元気である事を報告し、これからみんながうまく行くよう見ていて欲しいとお願いした。
それから義母の回復も。

一番長く手を合わせていたのは主人。
いつも態度がでかく図々しい主人だが、このときだけは従順な息子に戻っている。
たくさんのお願いごとに儀父は呆れているかも。

毎年8月、両親と私たち家族と、義姉家族でお墓参り来るのが恒例になっていた。
毎年集合写真を撮る。
その写真を見ては子供たちの成長を確認し、みんなで昔の話や、大人はふけたとか太ったとか たわいもない話をしたものだ。
この2年は その集合写真も途絶えてしまった。

帰りはお決まりの和食レストランに行く。
両親にご馳走になっていたのが 
今年は義姉が出してくれた。

義姉はいつも明るい。
自分の娘と友達のように話しけらけらと笑う。
きれいで 頭がよく 思いやりがある。
そんな義姉が大好きで 羨ましくもあり 自慢でもあった。
私以上に 主人もそうに違いない。

義母の事故とその後の手続きはすべて義姉がやってくれた。
保険屋との交渉 病院の手配 細かい買い物など
「母の世話は 私の仕事だと思ってるの」 と姉は言う
その言葉に私はずっと甘えていた。

帰りに義母のお見舞いに行った。

最近の義母はなんと歩行練習をしているそうだ。
半年前もう車椅子がやっとでしょうといわれたのがうそのよう。
義母はしんどそうだが、でも晴れやかな顔をしてバーをつたって歩いている。

相変わらすわけのわからないことばかり言い、最近はもっぱら 昔、養護教諭時代の心配事ばかりを永遠と話している。
母のなかでは 主治医の先生は 担任の先生になってしまっている。そんな母の話に 姉はまたけらけら笑っている。
義姉ってホントに笑顔が耐えない人だなあ とつくづく思った。
義母の顔がどんどん穏やかになっていく。

この2年間の林家のアクシデントは 義姉の明るさに助けられ乗り越えてきた。
私は まだまだだなあ とぼんやり思った。

そして改めて 感謝したいと思った。
2009-09-12(Sat)

小さな応援団長

三男の小学校最後の運動会。
彼は白組の応援団長になった。
体こそ小柄だが、まじめでガッツがある三男。
毎日声をからして練習していた。


毎日、運動会の練習で疲れているだろうに、いきいきしていた。
人は何かに打ち込んでいるときは表情が違う。
また、自分がやらなければいけないという使命感と下級生を引っ張っていかなければいけないという責任感、仲間とともに一つのことに取り組む一体感。
何かが 彼をどんどん上へ上へと引き上げて行ったに違いない。

白い長いはちまきと白い手袋。
遠くに見える小さな団長だが、心なしか背が伸びたなあと感じた。
体をそらせ 顔をくしゃっとしながら 一生懸命エールを送っている。
私も心の中で彼にールを送った。


100M走では 練習では必ず4位。3位になりたいといっていた。
本番は 団長のパワーだろうか?
ライバルにわずかの差だが 勝ち、3位を死守する事が出来た。
席に戻る前、彼はピースではなく 3本の指をたててにこにこ笑っていた。
やったでしょ!!3位になったよ!! という声が聞こえてきそうだった。

私は 彼の頑張りを見ることによって 何度か助けられてきた。
周りにどう思われるのかを気にする前に、自分の決めた事を信じ頑張ればいいのだ。
神様は見ていてくれる。

閉会式、得点発表。
やったあ!!!!!  白組優勝だあ!!!

優勝カップを受け取った彼に 一生懸命拍手を送った。
応援団長お疲れ様でした。
2009-08-22(Sat)

今度は私が

いつも元気な私。
毎日パワフルにうごいているものだから、家族はじめみんなそれが普通だと思っている。
そんな私にもたまに危機が訪れる。

外出先で、あ、そろそろやばいと思った。
人に渡し物があったために無理して出かけたが、時間を切り上げ帰宅する事にした。
頭が朦朧とし、寒気と、頭痛。
早く帰って寝る事が 一番の治療。
そんなときは水分を多めにとって 家事をほったらかしにしてでも寝なければ。

バスで帰る元気がなかったので 主人に迎えに来てもらった。
ここ何日か 主人は帰宅が早めだったので 当てに出来る気がした。

ところが、駅に着き車に乗り込むと、私に運転しろという。
待っている間に 自分はのどが渇きアルコールを飲んだらしい。
信じられなかった。
私が 具合悪いのを知っておるのに??
よくある 主人のあっけにとられる 信じられない行動ではあるが。

小言を言いながら運転した。
道のりがいつもより長く感じられた。
なみだ目で よく見えない。

やっと帰り着き、布団を敷きシャワーを浴びようとしたとき、外で変な気配がした。
帰ると 主人は何を思ったか 寝ていた犬の子太郎を起こし 外に連れ出していた。
酔っ払いのしそうなことである。
ちょっと手元がくるったのか、目を離したのか、子太郎が逃げてしまったのだ。

まさか知らん振りも出来ない。
他の犬に危害を加えたらとんでもないし、大事な子太郎が車にひかれては!!と
だるい体を動かした。
喜んで走りまわる子太郎。追いかければ逃げ、目を離すと遠くに行く。
車で町内を1周したり、パンのみみを持って待ち伏せした。
それから 子太郎が家に戻ったのは 2時間後。
まるで 私は何かの罰を受けているかのように辛かった。
また 逃がした張本人が恨めしかった。

それから2日間、寝込んだ。
いつもなら1日で治るのが 悪化した。

その2日間、ありがたかったこと。
友達が 店番を引き受けてくれたこと。
子供の野球の送迎を仲間がしてくれた。
また夕飯にと 友人がコロッケを買ってきてくれたこと。

主人は2日間飲み会だったらしい。

私が入院でもしなければ、きっと一大事だと思わないのだろう。
いつも元気でいると思うな 何とかと女房。

まあ 治ってしまうと 元気なんだよねえ。
病気って 何より自分がつまらないからね。

変な恨み言言ったり 誰かさんに期待するよりは、自分の健康管理をしっかりしようと思った出来事でした。
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