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2009-02-27(Fri)

最悪の出来事

最悪としかいえない出来事が起きた。
義母が交通事故にあった。

まるで ドラマに出てくるような悲しい光景。
まだ 意識は回復していない。

時計を巻き戻したいと思うことがある。
あの時あっちに行っていなければとか、こっちを選んでいればとか。
選択をやり直したいと。

人は朝起きて何百もの選択を繰り返すという。
朝歯を磨くか、顔を洗うか、パンから食べるからコーヒーから飲むか。
会社に行くのに紺色0の洋服にしようかグレーにしようか?
小さな選択をし続け自分の意思で目的地に行き手段を考えことを成し遂げる。

母にもその日多くの選択があったことだろう。
そしてあの場に出くわしたのである。

でもそんな最悪の出来事の中にも光があった。

救急車を呼んでくれたのは偶然にも知人で、私のところまで連絡をしてくれた。
そのおかげですぐに駆けつけることが出来た。

普段帰りが遅い主人がたまたま家に帰ったところだった。

すばらしい医師に恵まれた。
素人の私たちに説明してくれる一言一言が慎重で判りやすかった。
冷静であるが冷酷でなかった。
微笑みこそなかったが 私たちを安心させてくれた。
先生方におまかせします と素直に言えた。

母は悪くないが、人に迷惑をかけるのが嫌いな人だったから、みんなに悪い悪いとい思い続けているだろう。

もうすぐ義父の一周忌だった。
さびしがり屋の義父だったが、一緒に連れて行こうとはしなかった。
もう少しがんばれよ と助けてくれたのだと思う。

最悪の出来事の後だが、私にはイメージがある。
母はニコニコ笑っている。
自分のそそっかしさを語りながら、みんなに詫びている。
もちろん相手を攻めることなく 逆に詫びるだろう。
母は必ず元気になる!!
そして 今までそうしてきたように 困ったを助け人に安らぎを与えていくのだ。

現状が大変でないといえばうそになるが、不思議と将来に対する不安はない。
もうすぐ 意識は回復する。
イメージは現実になるから。
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2009-02-19(Thu)

携帯料金

ある日 携帯電話の会社から臨時のお知らせが来た。
この10日間の間に料金がいつもよりかなり多いということらしい。
途中経過の請求は なんと6桁だった。
長男の仕業である。

受験期でもあり、携帯電話の調子が悪いということで、あまり使わないことを見越してパケホをはずしていた。
そのことを知りながらも、息抜きにと思ったのかIモードを使って好きなアーティストの曲を聴きまくったらしい。

これはどういうことだ!と長男を問い詰めたところ、事実を認めた。
でも こんな金額になってしまったことにおののき、青ざめていた。
私も青ざめた。
子供に使わせる額ではない。

何度も金額の桁を数えなおしたが やはり 6桁。
むすこは頭が真っ白になっているようでぐったりしていた。
どうしたものかと考えた。

昔の自分だったら うじうじ 子供に小言を言い、自分も機嫌が悪くなり、他の兄弟にも当り散らしたかもしれない。
このお金があったら、あれが買えた、旅行にいけたと、罪の意識を追い立てるような言葉を口にしただろう。

でも 済んでしまったことは仕方がない。
これは 何かの警告かもしれない。

長男が二階に上がると 勉強しているものだと思い込み 何も気にしていなかった。
仕事で帰りが遅いときなどは 長男が自分で作って食べているときもある。
受験生の親の割には、少々のんびり過ぎたかあ と思った。
自分のことを気にかけて欲しいという 長男のサインだったのかもしれない。

「過ぎてしまったことは仕方ないから、気持ちを切り換えなさい!」 といった。
こんな事は2度と会ってはいけないけど、このことで受験勉強に身が入らず
不合格になってしまったら もっと悲惨である。

預かっていたお年玉は没収、受験がおわたら買うと言っていたプレステ3も暫くお預け。
硬式グローブだけは買ってやると 約束した。
厳しいのか甘いのかわからない処置だったが、今回の惨事?も意味のあることなんだと
考えるようにした。

次の日になると 長男はけろっとしているようにみえた。 
でも後で聞いたらまだ引きずっていたらしい。

反省しているなら これ以上言うことはないけど、微妙な心境。
成人したら 返してもらおう と私はひそかに思っている。
私はただ 立て替えてるだけ。
そう思ったら 気にならなくなってきた。
ものは考え様。

まあ、引き落としのとき また動揺するのは目に見えてるけどね。
2009-02-14(Sat)

思い出した卒論のこと

ふと思い出しました。
20年以上前、大學の卒論で 体罰の事を取り上げ 100枚の論文?を書き上げました。
今思えば よくまあ あんな難しいことを書いたもんだともいます。
確実に あのときよりも私の脳は 低下してます。

私は文学部哲学科教育学専攻で、友人の多くは教職を目指していました。
学科がそういうところだったので みんな卒論は教育の事です。

私は なぜ 体罰に興味を持ったのでしょうか?
教師になる意思もなかったし、子供がいたわけでもないのに。

今 虐待については色々問題になっています。
おしおきが行き過ぎるとそうなってしまうのか?

先日 お店でも 若いお母さんが3歳くらいの子供を怒っていて、「言う事聞かなかったらたたくよ!!」とキレていました。
子供はたたかれるとおびえながらも、言う事を聞きません。
結局 解決にはならなかったわけです。

私も 子供が小さいころ 未熟な母でしたから 感情に任せて手が出てしまった事もあります。
自己嫌悪に陥り、このまま子供が曲がってしまったらどうしよう?と悩んだりもしました。

過去の手を出してしまった過ちは、子供に素直に謝ったり、スキンシップをとったり、信頼関係が全部帳消しにしてくれました。
子育てしていくうちに、先輩のママさんに出会い、友人とともに考えながら、私は子供をたたいて育てるのではなく抱きしめて育てたい、叱って育てるのではなくほめてそだてたいと 思うようになりました。
まあそんなに立派な子育てはしていませんが。

最近は 言葉の暴力についてよく考えます。

大人でもたまにある 中傷、心をえぐるような言葉。そして無視。
ストレスからくるのか、憎しみからくるのか。
理解できないような 光景に出会ったことがあります。

中高校生のいじめ問題も同じ傾向です。
暴力より陰湿な言葉の暴力が氾濫しています。
ネットの普及で、逆にスキンシップやコミニュケーションが下手になっているのでしょうか?

私は 自分の気持ちを言葉に出す事が得意ではありませんが 言葉は本当に重要だと思います。
一つの相手の言葉で 人は落ち込んだり、逆にやる気になったり、幸せにもなれます。

私の周りには今とても前向きな人が多く、言葉で私を元気にしてくれます。
わざとらしい一言でも ほめられればうれしいのです。
それは子供も 大人も同じ。

たまに子供に思いがけず 優しい言葉をかけられたりすると 一日いい母親でいられます
人は単純なのです。

からだも心も 暴力を受けるのは嫌ですよね。
実は 昔の卒論で 私は今感じてる事と同じような事を書いたのです。
不思議な事です。

しかし あの卒論は今どこに成るのかしら?

プロフィール

リサイクルルームフォレスト

Author:リサイクルルームフォレスト
リサイクルルーム フォレスト オーナーの林です。リサイクルショップを経営しています。明るく清潔な店内、お洒落で高品質な品揃えがモットーです。

HPから通販も行っています。是非ご覧下さい。

 http://www.roomforest.com/

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