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2010-05-13(Thu)

雨があがった

ここのところ 晴れと雨の繰り返し。
寒暖の差が激しい。

昨日から降り続いた雨だったが午後になってやんだ。

雨があがったら どうしてもやりたいことがあった。
それは庭の草取り。

普段元気よく成長している雑草を見てみぬふりをしていた。
忙しいのを理由に。
でももう目をそむけることは出来ない。
草が 木になりつつある。
毎年のことだが。

草取りは雨上がりにかぎる。
普段頑固な根が カンネンして どうぞ抜いてください といわんばかりにするするついてくる。
根がもともと弱い雑草は 面白いほどざくざく抜ける。

これがまたストレス解消になる。
大変なことを土が乾いた晴れの日にやると難しいものになるが
大変なことでも タイミングとチャンスを逃さなければ 楽で楽しみにさえなる。

日常でも 似たようなことが 多々あるなあ。

事を起こすときは やろうという気持ちとタイミング。そして環境。
それを根気強く待つのも 大事かも。

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2010-05-11(Tue)

母の日 その2

帰り道 義母の病院に寄った。
母の日のプレゼントにと 下着代わりに使えるタンクトッップを買ってあった。

病棟についた。
「お母さん!」と声をかけると車椅子にのった義母が笑いながら近づいてくる。
「あぁ! かおりちゃん!?」
「今日はね、母の日だから来たの。お母さんにプレゼントもって来たよ。」
「かおりちゃんは ほんとに優しいね、  この子はね長男お嫁なんですよ。ほんとにいい子なんですよ」
近くにいた見知らぬ患者さんに話しかける。
その方は遠くを見つめてこちらをむこうとしない。

「おとうさんがね、まだこないのよ」
とおととしなくなった義父のことだが まだ病院にこないのだと 怒ったような心配しているような不安そうな顔をしていた。

昔の話だが 私たちが結婚するとき 義父の大反対にあった。
 私が悲しい思いをしないようにと いや息子の結婚したいという気持ちをかなえたかったのだろう、
義母は 私たちの盾となってくれた。
結納にいかないと言い出した義父に それならば離婚しますと 体を張って私たちをの結婚を守ってくれたそうだ。


結婚してからも 義父の機嫌が悪いと そのとばっちりが行かないようにと 私に気を使ってくれていたのを感じた。
たまに実家行くと 煮物やお土産を持たせてくれた。

義母が事故にあう直前 自分の妹ととんかつを食べながら 「最近 かおりちゃんが元気ないのよ」と心配していたそうだ。
だからこそ 病院にいくときは 私は笑顔で会う。 心配させたままではいけない。

ナースステーションに 大きな字で 〔母の日は 母に感謝し、母を敬う日〕と書いてあった。
義母とゆっくり読んでみた。
義母は 優しい声で ゆっくり何度も何度も読んでいた。
私は病院を後にした。

家に帰ったのはもう8時近かった。

冷蔵庫に不二家のケーキのかわいらしい箱があった。
二階から降りてきた長男が 「今日母の日だから。。」といって笑った。
箱を開けると 赤いデコレーションのイチゴのタルトが入っていた。
おいしかったのは言うまでもない。

三男が 「おかあさん 母の日だから卵焼きを焼いてあげるよ」といって卵焼きをご馳走してくれた。
何度も丁寧に巻いた綺麗な卵焼きだった。

絵の得意な二男は 私の似顔絵、(ちょっと美化されていたが) を書いてプレゼントしてくれた。
顔の下には フォレスト と書いてあった。

一日の疲れが吹っ飛んでしまった。
素直に 私はうれしかった。
2010-05-11(Tue)

母の日

今日は母の日だね となんとなく息子たちと話をした。

いつもと同じように 息子たちは部活に行き、私は1日の予定を考えながら駅に着いた。
電車に乗る前に、盛岡の母に電話をした。
「今日は母の日だから 電話したよ。元気?」
たわいも無い話をして 私は電車に飛び乗った。

母のありがたみを考えるようになったのは 一人暮らしを始めてからだ。
年に何度か 帰省した際 母は私の好きな手料理で迎えてくれた。
ちゃんと食べているか、こまったことはないかと 心配してくれているのが分かった。

祖母が生生きていたころは、気の強い祖母とぶつかりながら、フルタイムで仕事もし、手抜きすることなく家事もこなしていた。
全身蕁麻疹に苦しんだ時期もあり、母の背中に何度も薬をぬってあげた。

私が小学校のころ PTAの書道サークルに入ったのをきっかけに 書道を一生の趣味とした。
今は師範を持っている。
私からみた母は 頑張りやで ちょっと抜けたところもあって 人の気持ちを考えることの出来る 大好きな母である。

私が母となってから よく母の思い出と自分の行動をダブらせる。
母は機嫌の悪い事はあったが 私を怒鳴ったり 傷つけるようなひどい怒り方はしなかった。

1度だけ 私が悪いことをしたとき、母は泣きながら私のお尻をバンとたたいた。
情けない といいながら。

今の自分はどうであろうか?
毎日いらいら、ぷりぷりしてはいないか?

母になって 母の大変さ気苦労が分かる。
母は毎日子供のことを考えている。
子供がうれしそうにしているのが たまらなくうれしい。
子供が頑張っていると 自分も頑張れる。 子供に元気をもらう。

私は母に元気をあげられていたのかなあ。

母の日は自然と母のことを考える。

2010-05-01(Sat)

高校野球

高校2年生の長男。
毎日毎日野球をやっている。
朝早くから夜遅くまで、真っ黒になりながら汗まみれになりながら。

彼が小中学生のころは よく試合にいっては大声で応援していた。
この1年は弟たちの方に時間をとられ なかなかいってやることができなかった。

そして 今回初めて彼の高校野球をみに 練習試合に足を運んだ。

まず1番はじめに思ったこと。
チームで1番細いなあ。
そして2番目に思ったこと。
背が伸びたな
3番目
足がはやくなったなあ。

A軍B軍あって 2年生中心のB軍。
1番バッター 切り込み隊長を任されていた。
びっくりした。1番バッターなんて無縁だと思っていたから。
バッターボックスに立った彼は 家で見るよりも大きく堂々としていた。
挨拶する声が低く大人っぽい。
フォームも変わったかな?

昔は 自信なさげにかまえていた彼だったが 今は絶対に打てるという自信にあふれている。
見ているほうが緊張した。

その打席はセンターオーバー いやセンター前だったかな?
とにかくいいあたりで 一生懸命走っていた。
ホームに戻ってきたとき 仲間とうれしそうにタッチし合い、さらに大きな声で仲間を応援していた。
いきいきしていた。
笑顔がまぶしかった。
すがすがしかった。
そんな姿を見て
彼が 今やりたいのはこれなんだな と思った。

受験のとき 県立にいって楽しく野球がやりたいといって今の高校を選んだ。
大人になっても 草野球でもいいから野球を続けたいと。

入学してからはぜんぜん勉強しないし、 汚いままお風呂にも入らず寝てしまう日もある。
そのたび 私は口うるさく言っていたのだが 彼の楽しそうな姿を見て、まあいいか、大目に見てやろうと思えた。

家に帰ると 「お母さん、いつから見てたの? 俺、1回でもいいあたりだったんだよ」とまんざらでもない感じだった。
これから息子の追っかけになってしばらく楽しんでもいいかなあと 私はにやっとした。
プロフィール

リサイクルルームフォレスト

Author:リサイクルルームフォレスト
リサイクルルーム フォレスト オーナーの林です。リサイクルショップを経営しています。明るく清潔な店内、お洒落で高品質な品揃えがモットーです。

HPから通販も行っています。是非ご覧下さい。

 http://www.roomforest.com/

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